この問いの答えに人類が少しでも近付けるよう、素粒子論・宇宙論からのアプローチを行っています。 この問いは、ミクロな世界 = 素粒子論的には「この世界を決める基本法則は何か」、マクロな世界 = 宇宙論的には「この宇宙が辿った熱史は何か」という問いになります。
一度しかない人生、あなたは何を学びますか? 素粒子論的宇宙論は、我々がなぜここにいるのか、そのいくつかの可能性を提示してくれます。 将来どのような道に進もうとも、我々がなぜここに存在し得るのか、それを知っていることはあなたの人生をきっと豊かにするでしょう。 そしてもしかしたら、上の問いの答えに人類を少しでも近付ける、そんな研究をできるかもしれません。
素粒子理論には、標準模型と呼ばれる電弱スケール(∼ 100GeV)まで有効性の検証された理論がある。 しかしながら、この素粒子標準模型は我々が存在する理由を説明できない。 なぜなら、観測的に存在が確実である暗黒物質や暗黒エネルギーのみならず、なぜ宇宙が反粒子ではなく粒子で満たされているのか、何が宇宙初期の加速膨張を引き起こしたのか、なぜニュートリノに質量が存在するのか、といった重大な謎を解くことができないからである。 私は、初期宇宙からの痕跡を用いて標準模型を超えた素粒子物理を検証する可能性に重点的に取り組んできた。
一次相転移と重力波
素粒子標準模型においては、宇宙の時間発展に伴って一次相転移が起きた可能性がかつて2つあると考えられていた。1つは電弱相転移、もう1つはクォーク・ハドロン相転移である。
格子シミュレーションの結果、現在ではこれらは双方ともクロスオーバーであることが判明している。
しかしながら、上述の通り素粒子標準模型を超えた物理は確実に存在し、そのような理論の多くで自発的対称性の破れが起こる。
我々の宇宙が経験した可能性のある広大なエネルギースケール(10-4eV ≲ E ≲ 1015GeV)を鑑みると、いずれかの自発的対称性の破れが一次相転移を引き起こした可能性を考える価値は十分にある。
一次相転移は泡の核生成・拡大・衝突を経て完了する。
転移が完了した直後の宇宙は一様には程遠く、無数の音波が飛び交い、それらはやがて乱流へ変化すると考えられている。
これら泡の衝突・音波・乱流の各段階において重力波が生成する。
重力波はその極端に弱い相互作用のため生成時の情報を失わずに伝搬し、従って重力波観測が高エネルギー素粒子物理解明の端緒となる可能性がある。
観測の観点からも、重力波による素粒子物理探査は今後10-20年の期間で著しい進展が期待される。
実際、2015年の連星系重力波の初検出を契機としてESA(欧州)・NASA(米国)による宇宙空間干渉系LISAの打ち上げが2037年に決定し、日本からもDECIGO計画が追随している。
私は上記の現状を鑑み、一次相転移のダイナミクスの理解に取り組んでいる。 これにはミクロ(素粒子)からマクロ(宇宙)まで広大なスケールの物理の理解が必要となる。 このうち、拡大する泡に働く摩擦、すなわち壁という時空依存の背景場の下で起こる粒子生成の理解が系の発展に決定的な影響を与える。 私は高強度一次相転移において重要なプロセスであるゲージボソン生成を解析しそのダイナミクスの理解に貢献すると同時に、一次相転移における重力波生成の解析的理解に取り組んだ。 約25年の間、数値的にしか計算できなかった重力波生成のモデルが解析的に解けることを指摘し、さらにより現実に近いモデル化の提唱および解析解の提示を行った。 前者の成果は例えば観測グループNANOGravの解析 [NANOGrav Collaboration ’21,’23]に実際に用いられており、また後者のモデルは現在bulk flowモデルと名付けられ、この成果により私は第16回素粒子メダル奨励賞を受賞している。 私は同時に数値的理解にも取り組んでおり、私の数値シミュレーションは世界で2グループしかないこの系の大規模流体シミュレーションである。 また、私はLISA Cosmology Working Groupのメンバーとして、理論的側面から業界の進展に取り組んでいる。
ヒッグスの宇宙論とユニタリ性の破れ
標準模型のヒッグス場は存在の確認されている唯一の基本的なスカラー場であり、それがもたらす帰結は徹底的に議論される必要がある。
私は、標準模型内に存在する場のみで宇宙初期の加速膨張を実現するとされてきた、いわゆるヒッグスインフレーション模型の研究を行った。
結果、加速膨張終了直後のlongitudinal
ゲージ粒子の生成が理論のユニタリ性を破ること、即ち理論のUV補完が依然として要求されることを発見し、これを報告した。
この成果は、ヒッグスに加速膨張を引き起こさせることで標準模型内の場のみで宇宙の熱史を一貫して記述可能である、という従来の理解を覆した。
ニュートリノ
近年のニュートリノ観測の進展は目覚ましく、高エネルギー物理解明のきっかけとなる可能性がある。
私はニュートリノ観測IceCubeにおいて報告されたPeVスケールニュートリノが、初期宇宙における重い粒子の崩壊からもたらされている可能性を指摘した。
ソリトン
一般に高エネルギー下での自発的対称性の破れに伴い位相欠陥が生成する可能性があり、このうち宇宙紐(渦)においては、従来のGinzburg-Landau理論に基づく引力・斥力の解析が主流である。
しかしながら私は、素粒子模型によって非自明な引力・斥力が紐間に現れる可能性を、グラディエントフローを用いた解析によりにおいて指摘した。
また、標準模型内にはZボソンの非自明な配位を伴うZ-stringと呼ばれる渦が存在可能であるが、これは不安定配位であることが知られている。
しかしながら、ニュートリノセクターを標準模型から拡張することによりフェルミオンのゼロモードがZ-string上に現れ、これが渦の安定化に寄与する可能性が指摘されている。
私は、物性理論で用いられる、運動量空間におけるトポロジカル不変量を用いて、この指摘をより現代的な方法で理解・検証する研究に取り組んだ。
バリオン数生成と密度揺らぎ
宇宙のバリオン非対称性は、素粒子標準理論を超えた物理が存在する明確な証拠の一つである。
バリオン数生成にはいわゆるサハロフの3条件(1)Bの破れ、(2)C・CPの破れ、(3)熱平衡からの乖離、が要求されるが、このうち熱平衡からの乖離が、密度揺らぎの生み出す衝撃波によって自動的に満たされる可能性がある。
私は熱的レプトジェネシスを例に取り、従来右巻きニュートリノの熱浴からの脱結合で実現されていた熱平衡からの乖離が、密度揺らぎや衝撃波によりどの程度実現可能か、またそれが最終的にバリオン数生成にどの程度影響するかを研究している。
アクシオン
アクシオンは強いCP問題を解決すると同時に暗黒物質の候補を提供する魅力的な理論である。
このアクシオンは、磁場の存在下で様々な非自明な現象をもたらす。
私は、磁気単極子の存在下でそれを取り巻くアクシオンのドメインウォールが安定化する現象の理解に取り組んでいる。
関連して、磁気単極子の存在下においていわゆるWitten効果によりアクシオンのmisalignmentメカニズムにおける残存量を減らす可能性が指摘されているが、磁気単極子の数密度が一定数以下になるとアクシオン配位を一様と見做せない可能性があり、この研究にも同時に取り組んでいる。
バウンス・スファレロン
場の理論において、汎関数の鞍点であるような配位が重要になる場合がある。
例えば、トンネル効果の計算に現れるバウンス解(ユークリッド化した作用の鞍点)や、バリオン数生成に重要なスファレロン(エネルギーの鞍点)が知られている。
私はグラディエントフローを用いてこのような鞍点配位を求める一般的な手法の提案を行った。
機械学習
私は高エネルギー物理に対する機械学習の応用可能性に取り組んでいる。
例えば連星系の運動のpost-Minkowskian理論に現れる数値積分に、機械学習を用いたモンテカルロ積分アルゴリズムであるnormalizing flowを適用する可能性を研究した。
非摂動効果とボレル総和
ボレル総和と呼ばれる、発散級数に解析的意味付けを与え、元の収束級数の特異点構造を調べる手法が存在する。
私はこれをドジッター膨張下のスカラー場に適用する可能性を研究している。